63年前の今日、3月10日は、東京大空襲が行われた日です。
東京の下町一帯が米軍の無差別爆撃で10万人が死亡した。
米軍の長距離爆撃機「B29」による本格的な本土空襲が始まったのは、昭和19年夏以降。
当初は、軍事工場などに目標を絞った精密爆撃だったが、翌年1月、米極東空軍司令官にカーチス・ルメイ少将が赴任してからは、住宅密集地などを標的にした無差別爆撃に切り替えられた。
それは、まず、爆撃目標地域の周囲に焼夷弾を投下し、逃げ道をふさいだうえで絨毯爆撃を加えるという非人道的な方法であった。
無差別爆撃は東京大空襲の後も、大阪、名古屋などの大都市や地方都市にも行われ、広島・長崎の原爆被害を含めると、50万人以上の民間人が犠牲になったという。
占領下の日本で出版禁止を命じられた
ヘレン・ミアーズ氏の著書「アメリカの鏡・日本」には、
「3月の東京爆撃以降後、米軍は日本軍相手ではなく、主に一般市民を相手に戦争をしていた」また、「一般市民に対する焼夷弾爆撃は『動かないアヒル射ち』だった」と書かれている。
先の大戦を振り返ると、「日本はなぜパールハーバーを攻撃したか」
「なぜ無謀な戦争をしなければならなかったか」という疑問があり、
戦後史観をもってすれば、考えは簡単で「日本は侵略者だった」からだが、
果たしてそれほど簡単なことだったのか。
ミアーズは、このタイトルで言わんとしていることは、
近代日本は西洋列強が作りだした鏡であり、
そこに映っているのは西洋自身の姿、つまり、近代日本の犯罪は、それを裁こうとしている連合国の犯罪であるという。
アメリカと日本の戦争に対するミアーズの評価には、
鋭い認識と公平さがあり、グローバルな視点で歴史をとらえ、
アメリカそのものをも断罪している面がある。
私自身に新たな視点で先の大戦を考えるきっかけを与えてくれた本です。
今、藤田まこと主演の「明日への遺言」が公開されている。
この映画でもB29の搭乗員を処刑し、罪に問われた岡田資(たすく)中将の法廷闘争を描いている。
今一度、私達は東京裁判史観ではなく、ミアーズのように冷静に客観的に先の大戦を振り返る必要があるのではないかと思う。
一部の学者の間では、東京裁判でただ一人の国際法の専門家であったインドのパル判事の判決書による史観、いわゆる「パル史観」を日本の正当な歴史観にしなければいけないという提唱もある。
大空襲で命を失った方々のご冥福をお祈りすると共に、
今後、人類から争いのない平和な世界を築いていかなくてはいけないと
思いを新たにしています。
議会閉会後、映画を見に行こうと考えています。