『とめのいものはじまり~吉田弥右衛門(よしだやえもん)物語』が完成しました。
武蔵野台地ではじめてサツマイモを作った吉田弥右衛門さんの紙芝居が出来上がり、三芳町町内の小学校に寄贈させていただきました。
現在、三芳町上富地域は、川越いもの主産地になっています。
その川越いもを最初に作ったのが吉田弥右衛門さんです。
川越藩南永井村4代目名主だった弥右衛門は、アワやヒエも十分に育たない土地で「人々の暮らしがどうすればよくなるか」と思いを巡らせていました。
享保の飢饉の3年後、幕府の命を受けた儒学者の青木昆陽が下総(現千葉県)など甘藷(サツマイモ)の栽培に成功。飢饉の救荒作物として普及しました。
干ばつに強く、やせ地にも育つサツマイモの話を聞いた弥右衛門は、息子の弥左衛門を上総志井津村のサツマイモ農家に送り、種芋と栽培方法を村に持ち帰りました。
時に1751(寛延4)年のことでした。これが、川越いもの作り初めです。
昨年、神明社では吉田弥右衛門と甘藷先生(青木昆陽)を甘藷乃神(いものかみ)としてお祀りさせていただきました。
それを記念して、吉田弥右衛門さんの物語を紙芝居として作ることを提案させていただき、三芳町図書館の事業の一環として制作いたしました。
紙芝居は、後日ブログ上で公開させていただきます。